「遺言書は財産がたくさんある人が作るもの」
そんなイメージを持たれている方も少なくありません。
しかし、実際には財産の金額よりも、家族構成や財産の種類、誰に財産を残したいのかによって、遺言書を作っておく重要性は大きく変わります。
法務局でも、子どものいない夫婦や相続人以外に財産を残したい場合など、遺言書の作成を検討した方がよいケースを紹介しています。
遺言書がない場合、原則として民法のルールに従って相続人を確定し、相続人同士で遺産分割について話し合うことになります。
一方、適切な遺言書があれば、「誰に、どの財産を、どのように残したいのか」について、自分自身の意思を形にしておくことができます。 遺言書がある場合には、原則として遺言の内容が優先されます。
今回は、特に遺言書を検討しておきたい代表的な5つのケースについて、分かりやすく解説します。
① 子どもがいない夫婦
まず、特に遺言書を検討しておきたいのが子どものいないご夫婦です。
「自分が亡くなったら、財産は全部配偶者のものになる」
と思っている方もいますが、必ずしもそうではありません。
配偶者は常に相続人になりますが、子どもがいない場合には、状況によって、
亡くなった方の父母や祖父母
さらに、それらの方もすでに亡くなっている場合には、
亡くなった方の兄弟姉妹
が相続人となることがあります。
たとえば、夫婦に子どもがおらず、夫の両親もすでに亡くなっていて、夫に兄弟がいるケース。
夫が遺言書を残さず亡くなった場合、
妻 + 夫の兄弟姉妹
という相続関係になる可能性があります。
そうなると、自宅や預貯金について、残された妻だけで自由に相続内容を決められるとは限りません。
兄弟姉妹との間で遺産分割協議が必要になることがあります。
特に、
「自宅は妻に残したい」
「自分が亡くなったあとも、妻が今の家で安心して暮らせるようにしたい」
という希望があるのであれば、元気なうちに遺言書を準備しておくことには大きな意味があります。
なお、兄弟姉妹には遺留分がありません。
そのため、家族構成によっては、配偶者へ財産を残す内容の遺言が非常に有効なケースがあります。
② 再婚しており、前の結婚で子どもがいる方
再婚家庭も、遺言書について一度整理しておきたいケースです。
たとえば、
夫には前婚の子がいる
現在の妻との間にも子どもがいる
といった場合です。
前婚の子であっても、亡くなった本人の実子であることに変わりはありません。
そのため、現在一緒に生活していなくても、原則として相続人になります。
相続が発生した際には、現在の家族だけではなく、前婚のお子さんも含めて相続関係を整理する必要があります。
こうしたケースでは、
「現在住んでいる自宅は妻に残したい」
「預貯金は子どもたちにこのように分けたい」
など、自分の希望があれば、あらかじめ遺言書で明確にしておくことが考えられます。
遺言書がない場合には、相続人全員で遺産分割協議をすることになるため、長年交流のない相続人同士が初めて相続の場面で連絡を取ることになるケースもあります。
家族関係が複雑だからこそ、「自分はどうしたいのか」を生前に整理しておくことが重要です。
③ 自宅や土地などの不動産を所有している方
財産の中心が自宅や土地などの不動産という方も、遺言書を検討する価値があります。
預貯金であれば、
「長男に1,000万円」
「長女に1,000万円」
というように比較的分けやすいのですが、不動産はそう簡単にはいきません。
たとえば財産が、
自宅 2,000万円相当
預貯金 500万円
だったとします。
子どもが2人いたとしても、自宅を物理的に半分に分けることは通常できません。
その結果、
「誰が家を取得するのか」
「家を取得する人と預貯金を受け取る人のバランスをどうするのか」
「売却して現金で分けるのか」
といった問題が出てきます。
さらに、不動産を複数人の共有名義にすると、将来の売却や管理について共有者間の調整が必要になる場合があります。
そのため、不動産を所有している方は、
「この家を誰に残したいのか」
「土地と預貯金をどう組み合わせるのか」
まで考えて遺言書を作ることが重要です。
単純に「長男に自宅を相続させる」と書けば終わり、という話ではなく、財産全体のバランスを見ることがポイントになります。
④ 特定の人に多く財産を残したい方
法律上の相続割合と、自分自身の気持ちが必ず一致するとは限りません。
たとえば、
「長年、自分の介護をしてくれた長女に少し多く残したい」
「同居して生活を支えてくれた子に自宅を残したい」
「事業を継いでくれる子に事業用の財産を集中させたい」
といった希望がある場合です。
遺言書を利用すれば、法定相続分とは異なる形で財産の承継方法を指定することができます。遺言書がある場合は、原則としてその内容が優先されます。
ただし、ここで注意しなければならないのが遺留分です。
遺留分とは?
遺留分とは、一定の相続人に最低限保障されている相続財産の取り分です。
兄弟姉妹以外の一定の相続人には遺留分が認められており、遺言書を作れば完全に無視できるというものではありません。
たとえば、
「長男に全財産を相続させる」
という遺言を作ること自体が直ちにできないわけではありません。
しかし、その結果として他の相続人の遺留分を侵害すると、相続開始後に遺留分侵害額請求の問題が生じる可能性があります。
そのため、特定の人に多く残したい場合ほど、
「遺言書を書くだけ」ではなく、相続人と財産を把握したうえで設計する
ことが大切です。
⑤ 相続人ではない人に財産を残したい方
遺言書の重要性が特に高いのが、法律上の相続人ではない人へ財産を渡したい場合です。
たとえば、
・内縁の配偶者
・相続人に該当しない孫
・長年生活を支えてくれた方
・お世話になった知人
などです。
法律上の相続人でなければ、
「長年一緒に暮らしていたから」
「ずっと介護をしてくれたから」
という理由だけで当然に遺産を相続できるわけではありません。
そこで利用される方法の一つが、遺言による**「遺贈」**です。
遺言書で、
「○○さんにこの財産を遺贈する」
といった形で意思を残しておくことで、相続人以外の方へ財産を承継させることができます。
特に内縁関係の場合、
「何十年も夫婦同然に暮らしてきたから大丈夫」
と思っていても、法律上の配偶者とは扱いが異なります。
「この人に財産を残したい」という希望が法定相続のルールと異なるのであれば、遺言書を検討する必要性は高くなります。
遺言書があれば、必ず相続トラブルを防げる?
ここは誤解されやすいところです。
遺言書を作れば、
「絶対に相続トラブルが起こらない」
わけではありません。
たとえば、
・遺留分への配慮がない
・財産の記載が不明確
・不動産の表示が間違っている
・遺言書作成後に財産内容が大きく変わった
・遺言書の方式に問題がある
といった場合には、かえって相続手続きが複雑になることもあります。
遺言は法律で定められた方式に従って作成する必要があり、方式に従わないものは遺言として効力が認められない場合があります。日本公証人連合会も、遺言について法律上厳格な方式が定められていることを案内しています。
そのため、
「とりあえず紙に希望を書いておけばよい」
というものではありません。
遺言書を作る前に整理しておきたい3つのこと
実際に遺言書を作成する場合、いきなり文章を書き始めるよりも、まず次の3つを整理することが大切です。
1.誰が相続人になるのか
最初に確認したいのが相続人です。
本人が思っている家族関係と、戸籍上の相続関係が一致しているとは限りません。
特に、
・再婚している
・前婚の子がいる
・養子がいる
・子どもがいない
・兄弟姉妹が多い
といった場合は、戸籍を確認しながら整理することが重要です。
2.どのような財産があるのか
次に、
・預貯金
・土地
・建物
・株式
・投資信託
・その他の財産
などを整理します。
遺言書を作る目的は、単に文章を書くことではありません。
「自分が持っている財産を、誰にどう引き継いでもらうか」
を考えることだからです。
3.誰に何を残したいのか
最後に、ご自身の希望を整理します。
ここで初めて、
「妻には自宅を残したい」
「預金は子ども2人で分けてほしい」
「この財産は介護をしてくれた子に残したい」
といった具体的な遺言内容が見えてきます。
この順番で整理すると、遺言書の内容を考えやすくなります。
自筆証書遺言と公正証書遺言、どちらがいい?
一般的な遺言には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言があります。
実務上よく検討されるのは、自筆証書遺言と公正証書遺言です。
自筆証書遺言
自分で作成する遺言書です。
費用を抑えて作成しやすい一方で、法律上の方式を満たしているか、財産の記載が十分かなどに注意する必要があります。
また、自筆証書遺言については、法務局の遺言書保管制度を利用することもできます。
法務局で保管された自筆証書遺言について交付される遺言書情報証明書は、相続開始後の家庭裁判所による検認が不要です。
公正証書遺言
公証人が関与して作成する遺言です。
本人の希望や財産内容を整理したうえで、公証人が法律上の方式に従った公正証書として作成します。
費用や準備は必要になりますが、
「せっかく遺言書を作るのであれば、より確実な形で残しておきたい」
という方には有力な選択肢です。
どちらが適しているかは、財産内容や家族関係によって異なります。
遺言執行者も決めておくと手続きが進めやすい
遺言書を作るときには、遺言執行者についても検討しておくとよいでしょう。
遺言執行者とは、相続が発生したあとに、遺言内容を実現するための手続きを行う人です。
たとえば、遺言書の中で遺言執行者を指定しておけば、相続開始後に誰が手続きを進めるのかを明確にすることができます。
法務省が公表している遺言書の作成例にも、遺言執行者を指定する記載例が示されています。
特に、
・相続人が多い
・相続関係が複雑
・相続人以外への遺贈がある
・預貯金や不動産が複数ある
といったケースでは、遺言内容だけでなく、「誰が実際に手続きを進めるのか」まで考えておくことが重要です。
遺言書は「財産を分ける書類」だけではありません
遺言書を考えるとき、どうしても、
「誰にいくら渡すか」
という財産の分配だけに目が向きがちです。
しかし、その本当の役割は、
自分が亡くなったあと、残された人たちにどう財産を引き継いでもらいたいのかを明確にすること
にあります。
特に、
「妻にはこの家で暮らし続けてほしい」
「介護をしてくれた子に感謝を形として残したい」
「家族以外だけれど、自分を支えてくれた人に財産を残したい」
といった思いは、何もしなければ法定相続のルールだけでは実現できない場合があります。
だからこそ、元気なうちに、
相続人を確認する
↓
財産を整理する
↓
誰に何を残したいか考える
↓
その希望を法律上有効な遺言書にする
という準備をしておくことが大切です。
まとめ|こんな方は一度、遺言書を検討してみましょう
今回ご紹介した5つのケースを改めて整理すると、
① 子どもがいない夫婦
② 再婚しており、前婚の子がいる方
③ 自宅や土地などの不動産がある方
④ 特定の人に多く財産を残したい方
⑤ 相続人以外の人に財産を残したい方
です。
もちろん、この5つに該当しなければ遺言書が必要ない、という意味ではありません。
逆に、この中に当てはまったからといって、必ず遺言書を作らなければならないわけでもありません。
重要なのは、
「自分が亡くなった場合、誰が相続人になるのか」
「どんな財産があるのか」
「自分は誰に何を残したいのか」
を一度整理してみることです。
その結果、法定相続の内容とご自身の希望が違うのであれば、遺言書を作成する必要性は高くなります。
遺言書は、人生の最後を意識して作る書類というよりも、自分の意思を明確にし、残されるご家族の手続きをできるだけ分かりやすくしておくための準備の一つです。
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